2010年6月3日木曜日

問題が見えるということ

問題が見えるということ

さっき年金の記事を書いたけど
特に事業化をやると決めてから
ありとあらゆる問題が身に降りかかってくるのがわかる

法律と法令遵守が何をもたらすか
人との関係、他の会社との関係、そのための言葉のやりとり
あるい
社会のあり方、少子高齢化とどう付き合うのか
今後の産業、ニートやフリーター、失業率の問題

そういった
これまでは
単なるニュースの一つでしかなかった問題を
自分が関わって、解決するために力を注いでいく問題として受け止めるようになった

それは
プレッシャーという意味では
あまり居心地のよいものではないけれど
なんかね、いいもんですよ


しかし
ここで言いたいのは、自分にとっての問題というのが
環境によって簡単に変わるということ

そして
問題、どの問題を自分が解決すべきと思うか
はどのようにして変わるのか

問題が見えるということはどういうことか
問題が見えないということはどういうことか


その辺りが謎

基本的に
問題を解決したらカネになると考えているので
これ
つまり
なんらかの要因によって問題が見えなくなるというのは
ぼくにとっては死活問題なんだよ?

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