2010年7月27日火曜日

hiroponと甲子園

hiroponと甲子園 


hiropon、知っている人は知っている
ぼくはあまり知らなかったのだけどw

村上隆の芸術実践論というのがニコニコ生放送であったので
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11139718
ハマっております

そもそもアートの経済というのは、実体がないという意味において
サービスサイエンスと領域がかぶってくるので、とても興味深いです^^



さて
村上隆というアーティストがおられまして
その作品にhiroponというのがありまして

アニメなキャラの巨乳の姉ちゃんが、母乳で縄跳びをしている、という凄まじいもので
アメリカで5800万円で売れたそうです

要はなんでそんな値段になったのかというと
オークションで、欲しい人が何人かいたので値段がせりあがっちゃって
それで5800万になった、と



さっきマガジンを立ち読みしてて
”ダイヤのエース”っていう野球マンガだったんだけど


主人公が「甲子園ってなんなんですか?なんでそんなにみんな行きたいんですか?」
って言ってた

それで、よくよく考えると、甲子園なんて一つの球場でしかないわけで
ハコモノとしては、別に福岡ドームとか神宮球場とかとそんなに変わらない
むしろハコ(建物)としては東京ドームの方がよくね?みたいな

甲子園の価値というのは
勝ち上がったチームしかいけない、という稀少性とか
あるいは、これまでの伝統とかが乗って価値になっているんだろう


話を戻して
hiroponと甲子園のまず共通点は
落ちる人間がいる、ということ

そういう意味では、大学の受験で大学の価値を、大学の中身ではなく
おおむね受験の門の狭さから判断してしまうのもこれに似ている

hiroponでは2人いた金持ちのうち、片方しか得られなかったように
甲子園では、地区予選で死屍累々にチームが散っていったように
受験では、それこそ落ちた人間が山ほどいるように

この振り落とされた人間の価値の和が
得られたものの価値をなしている



これは一体なんだ?
一見普通のように見えるけど

制作者側の価値観として
”いい製品を作ったら売れる”
という感覚とは一線を画している

だって
高校生は、先端技術で武装された東京ドームより
ロートルな甲子園の方が価値があるというのは
これは明らかにおかしい

おかしい、というのは
”いい製品を作ったら売れる”とか
”いい作品には価値がある”とかいう前提が
おかしいということを示してくる


つまり
”よい”とか”正しい”とか
そういうことと、価値というのはまったく別次元にある
ということ



そういうわけで
たとえば
自分が信じる信念と
そこに他人がつける価値はまったく
異なっているので

いわゆる
自分が考える「正しさ」とか「良さ」ということ
それ自体には、まったく価値がない

悲しくなるけど
えぇまったく価値がない

価値に正しさが関係ないというのは
科学ではなく、宗教がつくる価値というのも
その一つの顕現なのだろう


まぁ
そんな感じ

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